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京都① 京友禅(きょうゆうぜん) |布の上に、四季を描く

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  ① 京友禅って何? 京友禅は、江戸時代に京都で発展した染色技法。 名前の由来は、扇絵師として活躍した 宮崎友禅斎 。彼の意匠が人気を博し、友禅染の発展につながったと伝えられている。 特徴は、繊細な線と豊かな色彩。 桜、紅葉、流水、御所車、草花など、日本の四季や物語を一枚の布に描き出す。 ② どうやって染める? 代表的な手描友禅では、下絵を描き、その輪郭に細く糊を置く。 この糊が色と色の境界を守ってくれる。 そして筆や刷毛で色を挿し、蒸しや水洗いなどの工程を経て、美しい模様が完成する。 金彩や刺繍が加えられることもある。 面白いのは、 一枚の着物を完成させるまでに、多くの専門職人が関わる こと。 伊勢型紙で見た分業の世界が、ここでもつながってくる。 ③ 京友禅と加賀友禅 友禅染には、京都のほか、石川県の加賀友禅も有名。 京友禅は華やかな色使いや金彩・刺繍などの装飾が特徴とされる一方、加賀友禅は草花を写実的に描き、ぼかしや虫食いの表現を生かすことで知られる。 同じ友禅でも、土地によって美意識が違うのだ。 ④ 京友禅の今 現在も職人たちが伝統技術を守りながら、着物だけでなく、スカーフやインテリア、現代的な小物などにも表現を広げている。 京都では工房見学や友禅染体験ができる場所もある。 🎨 旅で集める、日本の色 No.013 今回は 京紫(きょうむらさき) を推したい。 赤みを含んだ、上品で華やかな紫。 以前選んだNo.008「江戸紫」と並べると面白い。 江戸紫と京紫。二つの都市が好んだ紫を比べることで、江戸と京都の美意識の違いまで見えてくる。 ※京紫は伝統色の名称で、京友禅だけに使われる固有色ではない。

三重① 伊勢型紙|布の美しさを彫る職人たち

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 布の旅をしていたら、三重県で「紙」に出会った。 三重県鈴鹿市の白子(しろこ)に伝わる伊勢型紙。着物などの布に模様を染めるための、精巧な道具らしい。 布を染めるのに、まず紙を彫る。なんとも面白い世界。 ■ 伊勢型紙って何? 和紙を柿渋で貼り合わせた丈夫な「渋紙」に、細かな文様を彫り抜いたもの。 染色職人はこの型紙を布に置き、防染糊を使って模様を写します。糊を置いた部分は染料が入りにくくなり、染め上げた布に美しい文様が現れます。 伊勢型紙は、江戸小紋や浴衣など、日本の染色文化を陰で支えてきました。 ■ 四つの彫刻技法 伊勢型紙には、代表的な四つの技法があります。 錐彫り(きりぼり) 小さな丸い穴を無数に開ける技法。細かな点が集まり、繊細な模様になります。 突彫り(つきぼり) 細い刃を前へ押し進めながら、曲線や複雑な文様を彫ります。 道具彫り(どうぐぼり) 花びらや菱形など、文様に合わせて作られた刃物で形を抜きます。 縞彫り(しまぼり) 定規を使って細い縞を彫る技法。均一な線を生み出す高度な技術です。 彫り抜かれた型紙は、それ自体がまるでレースのよう。 道具でありながら、美しい工芸品でもあるのです。 ■ 白子から全国へ 伊勢型紙が発展したのは、伊勢湾に面した白子の町。 江戸時代には型紙商人が各地の染色産地を訪れ、職人の彫った型紙を届けていました。 三重で彫られた模様が、江戸や京都などで布に染められる。 一枚の着物の向こう側には、離れた土地の職人たちの仕事がつながっていたのです。 ■ 伊勢型紙の今 現在も伝統技法は受け継がれています。 着物の染色に使われるだけでなく、型紙そのものを生かした照明やインテリアなど、新しい表現も生まれています。 紙を彫る技術が、時代に合わせて新しい居場所を見つけているのです。 ■ 旅で集める、日本の色 No.012 柿渋色(かきしぶいろ) 柿渋を思わせる、赤みを含んだ落ち着いた茶色。 柿渋は未熟な渋柿から作られ、古くから紙や木材などの補強・防水に利用されてきました。 伊勢型紙の渋紙にも欠かせない材料です。 今回選んだ柿渋色は、染め上がった布の色ではなく、その美しさを生み出す道具の色。 感じたこと 布を染める人がいて、そのための型紙を彫る人がいる。 一枚の布の美しさは、一人の職人だけで生まれるものではない。 布の旅で、そんな当たり前のよう...

岐阜① 郡上本染(ぐじょうほんぞめ) | 清流が育てた冬の藍染め

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 今回の主役は、なんと 水と寒さ 。 愛知の有松では、糸で布を縛って模様を生み出した。岐阜の郡上八幡では、藍で染めた布を冬の冷たい川にさらすという、土地ならではの風景に出会う。 ① 郡上本染って何? 岐阜県郡上市八幡町に伝わる、天然藍を使った染色技術。 江戸時代から続く紺屋の仕事を、今も「渡辺染物店」が受け継いでいる。 代表的なのは、鯉のぼりや暖簾、旗などの大きな布。特に有名なのが、藍染めの 郡上本染鯉のぼり 。 ② 冬の風物詩「鯉のぼりの寒ざらし」 厳冬期、染め上げた鯉のぼりを吉田川の冷たい水にさらし、余分な染料や糊を洗い落とす。 川の中で大きな鯉が泳ぐような光景は、郡上八幡の冬の風物詩。 ここで面白いのが、 川が単なる景色ではなく、染めの工程そのものに参加している こと。 土地の自然と手仕事が、実に美しくつながっている。 ③ 有松との違い 有松・鳴海絞は、布を縛って模様を作る。 一方、郡上本染では、筒描きなどの防染技法を使って大きな絵柄を表現する。 同じ藍染めでも、土地によってまったく違う布文化が生まれたのだ。 🎨 旅で集める、日本の色 No.011 今回は 藍鉄色(あいてついろ) を推したい。 藍色に少し緑や黒を感じる、深く渋い青。 冷たい冬の川と、何度も染め重ねた布。そんな郡上本染の世界に似合う色だと思う。 ※藍鉄色は伝統色の名前で、郡上本染固有の色名ではないよ。

愛知① 有松・鳴海絞(ありまつ・なるみしぼり) | 糸で縛って布に花を咲かせる

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 江戸更紗では「型紙」、駿河和染では「筒描き」を見てきたけれど、愛知では 布そのものを縛ったり、折ったり、縫ったりして模様を生み出す 。これが「絞り染め」。 有松・鳴海絞は、江戸時代初期に尾張の有松で発展した染色技術。 東海道を行き交う旅人たちが、手ぬぐいや浴衣地を土産として買い求めたという。 そして驚くのが、その技法の多彩さ。 代表的なものだけでも、鹿の子絞り、蜘蛛絞り、三浦絞り、雪花絞りなど。同じ藍色でも、絞り方ひとつでまったく違う世界が生まれる。 絞り染めは、布に仕込む小さな立体工作なんだなあ、と。 町並みも見逃せない 有松には、江戸時代の面影を残す商家の町並みがある。 染め物を売って財を成した商人たちの家が並び、今も絞りの文化が息づいている。 ここは布だけでなく、建築や町の歴史まで一緒に楽しめる土地。 しかも名古屋から電車で訪ねられるので、将来のリアル布旅にも向いている。 🎨 旅で集める、日本の色 No.010 今回の候補は 縹色(はなだいろ) 。 藍染めの青の一つで、濃紺より明るく、澄んだ青。

静岡①駿河和染 |暮らしを染めた、藍と

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静岡では古くから織物と染色が盛んで、今も「紺屋町」など布にまつわる地名が残っている。 江戸時代、紺屋が染めていたのは華やかな着物ばかりではない。 武家の幟や旗、町家の暖簾や半纏、作業着。そして祝い事には、家紋を入れた大きな風呂敷。 つまり駿河の染めは、 町の暮らしそのものを染めていた 。 静岡郷土工芸品振興会 面白いのが「筒描き」。 筒に入れた防染糊を布へ直接絞り出して文様を描き、染めたあとに糊を落とすと、その部分が白く残る。ほかにも型染、藍染、蝋纈染、茶染など、駿河和染にはさまざまな技法があるのだ。 明治以降、機械染色などによって仕事は減ったが、大正期以降の民藝運動、そして静岡出身の染色家・ 芹沢銈介 らの活動によって新しい展開を迎える。 現在の駿河和染には、伝統的な技法と現代的なデザインが共存し、とくに 藍と白の力強いコントラスト が印象的。着物だけでなく、インテリアや雑貨にも広がっているようだ。 江戸で「粋」を見たあと、駿河で出会ったのは、暮らしを染める布だった。

20261006コーデ

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 秋晴れ。今日はちゃんと着付け教室いけたぞ! ・(浴衣に使ってる)木綿の麻の葉模様着物 ・黒の模様帯 ・頂き物のグラデーション帯揚げ ・帯締めだけ秋冬用 ・白い足袋っくす 【教室での学び】 ・着丈が短い時の調整:膝を曲げ、踵で踏むと楽(笑。伸ばして、腰紐あたりを整える。 ・お端折りが綺麗に合わない時は、腰ひもに襟先がかかっているかチェック。(大抵かかってない) ・お手洗いの際は、肌じゅばんからグルッと捲り上げる。帯にかかるほど深いショーツは避けよう。

横浜|世界をまとう港

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横浜|レースとスカーフの今 開港以来、世界中のものや文化が行き交ってきた横浜。布の世界にも、その名残がある。 横浜スカーフ 横浜はかつて、世界有数のスカーフ生産地だった。 生糸の輸出港として栄えたことを背景に、図案、製版、染色、縫製といった技術が集まり、「横浜スカーフ」が発展。 最盛期には世界へ大量に輸出されたが、現在は生産量が大きく減少。それでも手捺染などの技術は受け継がれ、横浜の布文化として今も残っている。 世界へ絹を送り出した港が、やがて美しいスカーフを作る町になった。 いかにも横浜らしい物語。 横浜とレース 横浜のレース文化を今に伝える代表格が、元町の「近沢レース店」。 1901年、意外にも始まりは 絹の輸出商だった 。 その後、外国人が多く暮らした元町でリネンストアへ転身。テーブルクロスやシーツ、ハンカチなどを仕立て、外国人客の注文に応えて刺繍やレースを施すうち、レースを扱う店へと育っていく。 現在は、世界各地のレースや刺繍技術を取り入れながら、オリジナル商品を展開。伝統的な優雅なレースだけでなく、ユーモラスなモチーフのタオルハンカチなど、レースを現代の日常へ軽やかに連れ出している。 西洋の暮らしに応えるために始まった仕事が、120年以上を経て「横浜らしい日用品」になった。 これもまた、港町ならではの文化なのかもしれない。 私の家にも、昔いただいた近沢レースが一枚ある。何度も引っ越したのに、なぜかこれは捨てられなかった。今回その背景を知って、少し納得。 横浜は、異国の文化をそのまま飾る町ではなく、 自分たちの暮らしに取り込み、新しいものへ育ててきた町 なのかもしれない。 スカーフも、レースも。今もちゃんと、横浜らしく生きている。