横浜|世界をまとう港
横浜|レースとスカーフの今 開港以来、世界中のものや文化が行き交ってきた横浜。布の世界にも、その名残がある。 横浜スカーフ 横浜はかつて、世界有数のスカーフ生産地だった。 生糸の輸出港として栄えたことを背景に、図案、製版、染色、縫製といった技術が集まり、「横浜スカーフ」が発展。 最盛期には世界へ大量に輸出されたが、現在は生産量が大きく減少。それでも手捺染などの技術は受け継がれ、横浜の布文化として今も残っている。 世界へ絹を送り出した港が、やがて美しいスカーフを作る町になった。 いかにも横浜らしい物語。 横浜とレース 横浜のレース文化を今に伝える代表格が、元町の「近沢レース店」。 1901年、意外にも始まりは 絹の輸出商だった 。 その後、外国人が多く暮らした元町でリネンストアへ転身。テーブルクロスやシーツ、ハンカチなどを仕立て、外国人客の注文に応えて刺繍やレースを施すうち、レースを扱う店へと育っていく。 現在は、世界各地のレースや刺繍技術を取り入れながら、オリジナル商品を展開。伝統的な優雅なレースだけでなく、ユーモラスなモチーフのタオルハンカチなど、レースを現代の日常へ軽やかに連れ出している。 西洋の暮らしに応えるために始まった仕事が、120年以上を経て「横浜らしい日用品」になった。 これもまた、港町ならではの文化なのかもしれない。 私の家にも、昔いただいた近沢レースが一枚ある。何度も引っ越したのに、なぜかこれは捨てられなかった。今回その背景を知って、少し納得。 横浜は、異国の文化をそのまま飾る町ではなく、 自分たちの暮らしに取り込み、新しいものへ育ててきた町 なのかもしれない。 スカーフも、レースも。今もちゃんと、横浜らしく生きている。